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「………ただいま」
心労と疲労とがいっぺんに襲ってきて、玄関を開けたところで佳奈子は力なくそう呟いた。
か細い声が届いたのか、奥から母が飛び出してきた。
「佳奈子!」
「あ、お母さん。ただいま」
「ちょっとあんた、出先で倒れたって大丈夫なの?」
不安でいっぱいの瞳に見つめられ、佳奈子は無理に笑顔を作った。
「うん、大丈夫。ちょっとお腹痛くなっただけ」
「ホントに? 妊娠のこと忘れて走ったりしたんじゃないでしょうね」
「まさか、そんな訳ないでしょ」
サンダルを脱ぎながら、佳奈子は一笑に付す。
「だったらいいけど……。もう一人の体じゃないんだし、大切な時期なんだから気を付けなさいよ」
「……………ん」
「ただでさえ、あんたは人よりも体調はよくないんだからね」
不謹慎かもしれないが、母の心配の言葉が佳奈子は嬉しくてたまらなかった。
興奮して赤ちゃんを堕ろせと言ったあの母が、これだけ佳奈子とお腹の子供のことを思ってくれているのだと、実感したからだ。
泉と会ったことでかなり心が掻き乱されたが、楓と母のおかげで、佳奈子の心は随分と落ち着き始めていた。
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