理想と現実

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「ああ、そうだ」 しばらくして、楓が思い出したように声を上げた。 佳奈子が楓の胸から顔を離すと、楓はニッと笑ってからおもむろに立ち上がった。 ベッドの上に無造作に乗せていた鞄に手を伸ばす。 佳奈子がぼんやりとその所作を眺めていると、楓は鞄の中からクリアファイルを取り出した。 「これ、雑誌の付録についてたやつ。探してきたんだ」 「……………?」 差し出されたファイルを佳奈子は無言で受け取る。 中に入れられていた用紙を見て、佳奈子は思わずあっと声を上げた。 「ピンクの婚姻届!」 勢いよく楓を振り返ると、楓は得意気に頷いた。 「役所に行ったらやっぱり茶色のやつしかなくてさ。佳奈子さん、ピンクのやつ可愛いって言ってただろ」 「……………うん」 「せっかく新婚生活始まる訳だし、俺もどうせなら茶色よりはピンクがいいなーって思って」 佳奈子はじっと婚姻届に目を落とす。 もちろん、婚姻届の実物を目にしたのは初めてで。 それだけでも感動だと言うのに、佳奈子が何気なく呟いたことをこうして形にして叶えてくれるなんて……。 「母子手帳の名字の欄、空白のままだって言ってたからさ。入籍は早いほうがいい……」 楓が全てを言い終わる前に、佳奈子は楓の体に飛び付いてしまっていた。  
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