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しかし、そこに映ったのは予想だにしないものだった。頬を涙が伝った。これが映すものがわかったからだ。わかったからこそ、わたしは願い、動いた。
結婚式一週間前。わたしは彼と一緒に町を歩いていた。西洋のガス灯を模した街灯のある、海近くの街。潮風がわたしの長い髪を揺らした。
夕暮れ。夕焼けが世界を赤く染める。今日の出来事を楽しそうに彼は話す。わたしもその話に笑顔を返す。幸せだった。
角の交差点。彼が前を行く。交差点へ差し掛かったとき、わたしは彼の手を引き、彼と自分の位置を入れ替える。それから笑った。
「ありがとう。わたしを好きになってくれて」
言い終えたと同時にブレーキの壊れた車がわたしに衝突し、彼の顔が悲痛に歪む。そのはずだった。
彼は笑ってわたしを道路の向こうへ突き飛ばした。地面と肌が擦れる。顔を上げたわたしの前で、彼は消えた。赤い世界が黒く染まっていく。嗚咽が漏れた。
あのグラススコープで見たのは今のわたしだった。わたしが、この道路で、白いワンピースに赤を吸わせている姿。顔は悲しみと痛みと、そういったものを浮かばせていた。そして世界は光を失った。
目を覚ましたのアンティークショップだった。
「わたしは…」
頬が湿っていた。
「君、どうしたんだい?」
優しそうな店主がこちらを見ていた。慌てて手にしていた物を置いた。
「誰かへのプレゼントかい?」
「えっと」
答えに困っていると店主は顔の皺を深めて笑った。
「男の子は恥ずかしがる子が多いなぁ。若いって甘酸っぱくて年寄りにはちょいと刺激が強い」
「あ」
俺は現実に戻るまで時間がかかった。自分が見ていたのが幻覚だと気付いたときには恥ずかしさを覚えた。そして、友人を外に待たせていることを思い出す。そうだ、今は修学旅行中だ。
店主に一礼して、店を出た。友達がやっとかと言って待ちくたびれた様子で寄ってきた。修学旅行でやってきて、偶々入った店で見たもの。これは、きっと…。
背後で女の子たちの声がした。会話の内容からして受験生のようだ。盗み聞いてしまったことに少し申し訳無さを感じながら、俺たちはこの街を後にした。
その日の夜、修学旅行から帰宅した後、俺は海岸で星空を眺めていた。 それは遠い世界の風景とどこか似ていた。
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