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ある日、学生だったわたしは不思議なグラススコープを手に入れた。
アンティーク店の隅に置かれた、細かい細工がされたスコープ。年代を感じさせるもので、普段のわたしなら高いと一蹴していた品だ。
そこまででは不思議を感じさせるものではない。けれど、このスコープの不思議というのは、これで世界を見てみればわかる。
都会の煤けた風景が映るはずのそこに、見慣れない海岸線が映る。わたしが動いていなくても、波はやってきては去ってゆき、鴎が通れば追いかけるように視界が動く。まるで誰かの目を通しているようだった。
このスコープを手に入れてからわたしの日課は朝起きてスコープを覗き、寝る前に覗くこと。ただその風景を楽しんでいた。
海岸線ばかりではない。あるときからどこかの町の商店街を映すようにもなった。海近くの少し寂れた商店街。けれど、どこか愛おしく感じる場所だった。
それから何年も経って、社会人になった。わたしには恋人ができ、やがて婚約した。相手は同じ大学の後輩。二人とも社会人になり、結婚式の費用を十分貯めてから挙式する予定だった。とても幸せだった。日々がとても輝いて見えた。
いつの間にか、わたしはこのスコープを覗き込まなくなっていた。そして、このスコープの存在も忘れ去られていた。
その存在を思い出したのは同棲のために引っ越しの準備をしていたときだった。棚の奥からあのグラススコープが出てきたのだ。懐かしくなって、久し振りにそれを覗き込んでみた。また綺麗な海岸線が映るんだろう。そう思っていた。
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