第一章

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 呆れた声を出すボクに雅哉は満面の笑みでそう答え、さらにボクを呆れさせた。 まぁ、いつものことだ。 仕方がないので、自席の机の引き出しから取り出したジーニアス英和辞典を雅哉に手渡す。 サンキュー、と軽い声で応じて辞書を受け取ると、重ねて雅哉が言った。 「ところでさ、アレ、出来た?」  雅哉だけが知っているボクの秘密。 「ああ、うん。まぁ、アレンジはまだまだだけど、一応それなりにって感じかな・・・」 「マジで?すげー!んじゃ、今日ニートん家行ってもいい?楽しみにしてたんだ、ニートの初音ミ・・・」 「バっバカっ!声が大きいよ!」  目を輝かせる雅哉の言葉をボクは慌てて強引に打ち切った。  クラスメイトに聞かれてやしないかと焦って周囲を見渡したが、それは杞憂だったようだ。 3時間目の開始を待つざわついた教室はカオスそのものだった。  教室の最後部では男子のイケテルグループ二人がギターとベースを手に、それを取り巻く連中が流行の曲で盛り上がっている。  それを意識してか知らずか、窓際の一番後ろの席では女子のイケテルグループが最新のファッション雑誌を広げて嬌声を発していた。  それ以外は思い思いに2、3人のグループに分かれ、教室の各所に散らばって授業の開始を待っている。 特にボクと雅哉のやり取りに注目しているヤツはいない。 そんなもんだ。 このクラスでのボクの注目度なんて空気レベル。 たとえ雅哉がいたところで、酸素が窒素になるくらいのものなのだ。 所詮空気なのだから、含まれる割合が増えたって気にもされない。 でも、そのおかげでどうやら雅哉の発しかけた「初音ミク」の5文字は誰にも聞かれずに済んだみたいだ。 ボクはほっと胸をなで下ろした。 初音ミクが好きだなんて、クラスメイトに知られるワケにはいかない。 「ああ、いいよ。夜は家にいるし」  ずれた眼鏡を中指で押し上げながらボクは答えた。 「やった!ありがと。んじゃ、部活終わったらニートん家、行くよ。たぶん9時過ぎになると思うけど、よろしく」  雅哉はボクの肩をポンっと叩くと、ジーニアス英和辞典を後ろ手に振りながら自分の教室へと戻って行った。 何をやっても絵になるヤツ。  来る前にメールしろよ、と言おうとしたボクの声を3時間目の始業のベルが遮った。
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