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「────主人がね。すごく好きなの、このケーキ」
タルトにナイフを入れながら、麻里はボソッとそう呟いた。
先程までの明るい声とは違い、まるで感情のこもらない淡々とした麻里の口調を耳にし、佳奈子の背筋がスッと寒くなる。
それと同時に、自分は何故こんなよく知りもしない人の家に来てしまったのだろうと、この時になって初めて後悔のようなものが胸に込み上げてきた。
先程から感じる、麻里に対しての妙な違和感。
いくら友達から貰った割引のハガキを捨てるのが忍びないからといって、わざわざ初対面の人間を家に連れてきてまで、渡そうとするだろうか?
────しかも、半ば強引ともいえるやり方で。
(…………早く、帰らなきゃ)
本能のようなものが、そう佳奈子に訴えていた。
早く、一刻も早くこの家から出なければ。
「─────どうぞ」
取り分けたケーキを皿に乗せ、麻里はそれをスッと佳奈子の前に差し出した。
佳奈子はジッとそのケーキを見つめる。
次にゆっくりと麻里に目を向けると、麻里は逸らすことなく、ヒタと佳奈子に視線を合わせていた。
そうして、首を傾げてニッコリと微笑んだ。
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