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カチ、カチ、と、どこからか時計の秒針の音が聞こえてくる。
食べ残したレアチーズケーキを見つめながら、佳奈子はあることを思い出していた。
まだ、泉と付き合っていた頃。
喫煙者のくせに泉は甘党で、食事の後はいつも佳奈子と一緒にスイーツを注文していた。
色々なものを食べたい佳奈子に反して、泉が注文するのはいつもレアチーズケーキ。
またそれ?と笑う佳奈子に、これが好きなんだよ、と拗ねたように泉は答えていた。
(…………まさか………)
佳奈子はゆっくりとケーキから麻里に視線を移す。
瞬き一つせずに自分の顔を射抜いている麻里の瞳の鋭さに、佳奈子の肌はゾッと粟立った。
口の中がカラカラに乾いてくる。
定期的に響く秒針と空調の音に気が狂いそうになり、佳奈子は思い切って口を開いた。
「あ、あの……っ」
「……………」
「高橋さん、は……」
「───── 私」
そこで麻里は、静かに佳奈子の言葉を遮った。
虚を衝かれた佳奈子は、咄嗟に口を噤む。
すると麻里は、ふわりと髪を耳にかけて艶然と佳奈子に微笑みかけた。
「私、高橋じゃないわ。───ホントの名前は、泉 麻里っていうの」
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