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動揺と狼狽で、佳奈子は事態の半分も飲み込めていなかった。
麻里の言っている言葉の意味はほとんど理解出来なかったが、ただ一つ。
今、目の前で肩を震わせて泣いているこの女性が。
泉の奥さんなのだということだけは、理解することができた。
(どうして……どうして泉さんの奥さんが私に……? あの人、私のこと話したの?)
嫁とは別れられない、とキッパリと佳奈子にそう言った泉が、何もわざわざ浮気の暴露などしなくてもいいではないか──。
そこで佳奈子は、泉の最後の言葉を思い出してハッとした。
『もし俺の子なら、嫁とは別れて、お前と結婚する』
役所の前で聞いた、信じられない言葉。
あまりの泉の身勝手さに激昂し、自分は意識を失ったのだ。
あれから全ての着信を拒否し、それ以降何の音沙汰もなかったので、すっかり佳奈子のことは諦めたのだと思い込んでいた。
────だが。
「………幸せ、だったの」
嗚咽混じりに麻里が口を開いたので、佳奈子はハッと我に返った。
無意識にバッグに手を伸ばし、お腹を守るように膝の上でそれを抱えた。
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