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第1章
冷房の利いた電車から駅のホームに降りた瞬間、世界が天国から地獄に変わる。
七月初めの本日の天気は雨のち晴れで、梅雨らしい耐えがたい蒸し暑さを生み出していた。
身体に纏わりつく湿りをおびた熱気に、全身にじわりと気持ちの悪い汗が浮かぶ。
「夏とか死ねばいいのに」なんて悪態と、続けて吐いた大きな溜め息は、再び走り始めた電車の轟音に飲み込まれていった。
もう夕方だというのに、気温が下がる気配は全くない。
実際には下がっているのかもしれないけれど、体感できるほどではないし、暑いことには変わりがない。
下敷きを団扇代わりに扇いでみるものの、そんな程度では気休めにもならないし、手を動かすことで余計な体力を使ったような気分になってしまう。
帰宅ラッシュの時間だからか、電車にも駅にも中高生やサラリーマンの姿が多い。
友達と他愛のない会話をして盛り上がっている元気溌溂な中高生に対して、黙々と歩くサラリーマンの方々の顔には覇気が感じられない。
毎朝毎晩のように満員電車に乗り、身動きひとつできずに労働力として輸送されていく様は、さながら現代の奴隷船だ。
駅の東口を出ると、全国チェーンを展開するコンビニやカフェ、レンタルショップなんかが通りの両側に立ち並んでいる。
若者を中心に、この夏の流行を意識した小洒落た服装をしている人が目立つ。
さも、ここは都会だと言いたげな景観をしているけれど、ほんの数年前から駅周辺の開発が進んだだけで、この街の本質は都会っぽさなんか微塵もない貧相な住宅街だ。
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