3人が本棚に入れています
本棚に追加
「…―――っ」
耳の奥に響く、木と木の擦れる高い音。
無言で立ち上がった彼女を、何気なく見上げた。
「あたしも―――――」
開きかけた彼女の口は、その先の言葉を飲み込んでしまう。悔しそうに、苦しそうに。
その瞳には夕日色に染まった海岸線が映りこみ、僅かに潤いをもつ。
一体その眼差しの向こうに、誰を探しているのだろうか。
「だけど、非現実かあ…素敵だけど、ちょっと怖いです」
多くを望むと、何か大切なものを失いそうで。
泣きそうな目を細める。
「犠牲の上に成り立つ”何か”はもう、懲り懲りなんです」
「何かを、失ったことがあるのかい?」
「…大切な人を。掛け替えのない人々を、沢山」
海はあっという間に夕陽を飲み込んでいった。
暗くなっていく部屋の中で、僅かにこぼれた涙が光って滑る。彼女は静かに、平凡に、息をひそめていきたいと言った。
今まで傷つけてきた人が多すぎて数えきれないから、これからは誰も傷つけずに済むように。誰にも迷惑のかからない生き方で。
涙の流れる頬を拭う手を、彼は思わず掴んで引き寄せる。
最初のコメントを投稿しよう!