帰郷

1/10
前へ
/10ページ
次へ

帰郷

がたごとと線路の上を走る音の他に、低く唸るディーゼルエンジンの音が煩く響く車内で私はかれこれ1時間以上揺られていた。 祖母がこのディーゼルエンジンで動く列車の事を汽車と呼んでいた事を思い出す。そんな祖母も亡くなり、私が育った祖父母の家も処分してからずいぶんと経つ。 何故に今さら故郷へと足を運ぼうと思い立ったのか。 行ったところで訪ねる人もなく、思い出に浸る場所も粗方変容しているはずなのに。 乗っている列車はごうごうとエンジンの音を響かせるが、車列は2両しかなく列車と呼ぶのもおこがましい。車掌もなく無人駅が続く区間では、バスのように前の運転士の傍らにある運賃箱に切符やお金を入れて列車を降りる。やはり、祖母の言っていたように汽車と呼ぶ方が正しいのかもしれない。 単線のその汽車は対向車両の通過時間に合わせて、無人駅でしばしの停車をする。 煩いエンジン音が少しだけ静かになると、その代わりと言わんばかりに蝉の声が聞こえてきた。おそらく、夜になれば蛙の大合唱になるだろう。しばらく忘れていた田舎の煩さに昔を思い出す。 「母の冷やし中華が食べたいな」 車内には運転士の他は私しか乗っておらず、私の呟きはすぐに蝉の声に掻き消された。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加