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それは、母の冷やし中華と同じような細く切ったハムと胡瓜、薄焼き玉子にトマト。
「**さんの大好きな冷やし中華よ」
赤い唇を歪めてバーテンダーはニッコリと笑う。
「さっきは絶対に作らないと言っていたじゃないか!」
バーテンダーの前にはもちろん冷やし中華は置いてなくて、私の前だけに冷やし中華が置かれている。
店内のCDは繰り返す事を諦めて、今はジジジと言う雑音のみが流れている。
私は逃げ出そうと立ち上がるが、冷やし中華から目が離せない。
冷やし中華はいつしかヌルヌルとした胡瓜に糸を引くハム、びっしりと蛆がついた薄焼き玉子に赤黒いトマトが綺麗に盛られた蠢く物に変わっている。
店内の雑音はいつしか蝿の羽音に変わり、麺の底から何匹も何匹も這い出してくる。
「もしかして、食べさせて欲しいなんて我儘言ってるつもり?」
バーテンダーはそう言うと、ズルリと蝿の絡んだ麺を引きずり出す。
「ミキちゃん。だってそれは……」
「大丈夫よ。これはあなたのお母様の冷やし中華なんだから」
ニッコリと笑うバーテンダーの顔は、赤い唇以外、目も鼻も無かった。
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