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「ねぇ。ここには冷やし中華置いてないの?ミキちゃんの作った冷やし中華が食べたいな」
馴染みの飲み屋の女性バーテンダーに無茶な注文をする。
「ここはバーよ?お酒を楽しむ場所なんだから、置いてる訳ないじゃない」
バーとは言っても、昨今流行りのガールズバーとかそんな場所ではない。バーテンダーは媚を売る事もなく素気無く断ってきた。
「それに、あれでしょ?あなたが食べたいのは、私の冷やし中華じゃなくて思い出の母の作った冷やし中華なんでしょ。そんなの、もしここに冷やし中華の材料が全て揃っていたとしても全力で断るわ。空腹は最高のスパイス、思い出は最低の調味料って言われてるんだからね」
「最低の調味料か。上手い事を言うな」
苦笑気味にスコッチをあおると、胃の底の方が熱くなる。
「なんだか、最近、母の夢をよく見るんだ。顔を覚えていないんだから、きっと唯一の母親の記憶である冷やし中華が出てくるんだろうな」
「それじゃあ、ますます敵いっこないじゃない」
呆れたような顔をするバーテンダーの唇も記憶の母のように赤い。媚を売る必要は無いが、客商売なのだから気を使っているのだろう。
しかし、母は子どもの昼飯を作る為に口を赤くする必要があったのだろうか。
冷やし中華に乗っていたトマトと混同しているのかもしれない。
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