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記憶の中の冷やし中華は、朧げで既に味すら覚えていないのかもしれない。
蝉の声、額から流れる汗とその汗をとめる力すらない扇風機。
「ちゃあんと神様にお願いしておいたからね」
私は意を決して、夢の中で冷やし中華を口に入れる。
赤い唇で母が笑う。母の前に冷やし中華は無かった。
目を開けると、流れる景色は代わり映えのない田園風景だった。
果たして、私はいつからこの汽車に乗っていたのだろうか。
夢の中の冷やし中華は何の味もしなかった。所詮夢なんてそんなもんだ。
それでも、夢の中の冷やし中華を思い出そうと私は目を瞑り舌が少しでも記憶を取り戻してくれるのではないかと期待して、夢の中の冷やし中華を思い描く。
私の為にだけ用意された冷やし中華。早く食べないと、せっかく冷たくしてくれた冷やし中華が夏の暑さでぬるくなってしまう。
赤いトマト。瑞々しい胡瓜。少しだけ甘く味付けをしてくれた薄焼き玉子。
麺を隠すようにたっぷりと具材を置いてくれたのは、夏バテしないようにとの母の愛情だったのか。
幼い頃の記憶を辿るように、冷やし中華に箸を入れ、赤いトマトを口に入れる。
意に反して、口の中にぬるりとした感触が甦る。
ビックリして吐き出すと、そこには何やらグネグネと蠢く虫が沢山いた。
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