第1話

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「あ――っ、追い出そうとしてる……」 頬を膨らませた神崎君がこちらを恨めしそうに見つめていて、何だか可愛くてキュンとしてしまう。 久々にピュアな気持ちになれた気がして、思わず顔が綻んだ。 「――じゃあ、キスしてくれたら帰ります」 「えっ?」 可愛いと思った直後ドキッとさせるような取引を持ちかけるなんて、戸惑って目が泳いだが、強気で行こうと決め口を開いた。 「が、外人さんじゃないんだから、挨拶代わりにキスなんて出来ません!」 少し突っぱねる様に言ってみると、腕を引かれ強引に唇を当ててきた。 「ッ――!」 「今日はかなり頑張って我慢したし、話してる時は楽しかったけど、気持ちも分かって欲しかったので……自分にご褒美です」 と言ってもう一度優しいキスをされると、ギュッと抱き寄せられ、静かな部屋で、私の心音が聞こえそうなくらいドキドキしていた。 でも、何となく嫌じゃなかったのは大事にされている感があったから。 「じゃあ、おやすみなさい」 彼が出て行った後ドアを見つめていると、ほんのりと切ない気持ちになり、明日でお別れという事が寂しく思える。 身体の関係も持っていない年下の男性に、少しときめいてしまう自分がいた。 青春時代でも到来したように、何を背景キラキラさせてるのですか、少女にでもなったつもりですか。 一瞬でもときめいた自分がこそばゆくて、ツッコミを入れながら誤魔化し、いつのまにか眠ってしまっていた。 翌日は朝から結構な入店数があり、オープン記念のノベルティは好評で、神崎君の追加発注は正解だと思った。 お買い上げに繋がる方も多かったので、これからこのお店で頑張っていくスタッフ達にもいい励みになったと思う。 私も他に応援で来た人もみんないい笑顔をしていた。 今日で応援は終わりなので、後は他の人にお任せして帰る支度に入った。 店頭にいる人達への挨拶も済み帰ろうとすると「今度はそちらに行きます」と、神崎君の自信に満ちた笑顔がちょっと怖かった。 帰りの新幹線では食べる事も忘れぐっすり爆眠していた。 きっと疲れが溜まっていたせいで、年齢ののせいではない筈……と到着する駅の二つ手前で目が覚めた時、そう言い聞かせていた。
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