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「紅毛人に鍛える刀はないと、そう申す鍛冶師も城下には多うございますよ」
右近はそれを聞いて、思わず苦笑するしかなかった。
刀は武士の魂である。それを鍛える鍛冶師は、その魂を練り上げる者である。右近の種稲家も、長く平戸藩主松浦公に仕えた功績と、腕の確かさから、父の代に苗字帯刀を許された刀匠の家柄である。家格は士分に相当するから、「武士の魂たる刀を何故、紅毛人に」と言う者の気持ちがわからないわけではない。
西洋では、刀は美術品として高値で売買される。だからオランダ商館は、良質な刀を欲しがる。そうして買われた刀は、海を渡り、どこか遠い国の金持ちの暖炉の上に飾られる。だから「斬ってこその刀」と思う刀匠は、鍛えた刀をオランダ人に売ることなど考えられないのだろう。
しかし、右近は違う。彼は言う。
「人殺しの道具が、生涯、人を殺めずに済むのなら、それが刀にとっての幸せではございませんか」
その言葉を聞いた通詞は、面食らったようだった。
「種稲殿はまるで、キリシタンのようなことをおっしゃる」
通詞がそう言った途端、甲高い音がして右近は驚いた。風に煽られて、庭の鉄柵が倒れたらしい。
庭のほうを見やると、何人かのオランダ人が、呆れたように笑いながら、その鉄柵を起こして片付けようとしていた。だが、その向こう、少しばかり離れたところに、もう一人、他のオランダ人とは違う格好をした男がいることに右近は気付いた。
通詞は、近頃のキリシタンの捕縛の噂を語っていた。昨日は大村で、今日は長崎で、数十人のキリシタンが捕縛され、女子供を含めて悉く処刑されたというような話であった。「薄気味悪い」「早く平戸からいなくならないものか」と通詞は繰り返していた。右近はそれを聞きながら、目ばかりは庭のほうに向けていた。
遠くにいるその男は、こちらには背を向けている。手を後ろで組んで、背伸びするかのように胸を張っている。海を眺めているのだ。隅々まで、水平線の全てを視界に収めようとしているようである。
彼は黒羅紗に金モールの付いた上着を羽織り、さらにその上から金襴の布団のような、分厚い長い上着を着ている。確かヤポンス・ロックという、日本の打掛を真似した寒さよけの羽織りものだ。それは他のオランダ人が着ているものに比べて格段に立派な誂えだった。
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