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しかしその女は、
「これ食べてくれない?」
四角い細長い箱のようなものを保の腹に押し付けてきた。
てっぺんで結んだ布っきれで包んである。
『なんだこれ?』
僅かに沸いた好奇心に、つい受け取ってしまった。
「お弁当。食べてくれる人がいないともったいないから」
「……へぇ」
保は素直に感心した。
弁当ならガキの頃、よくコンビニに世話になった。
でもこんなハンカチで包まれたような庶民臭い弁当箱は、見るのも食うのも初めてだ。
きらびやかに着飾った熱帯魚たちの群れの中、飾り気のない女と弁当箱の存在は、もはや異質でシュールだ。
口と爪が赤い金魚たちが、裾をひらめかせてけたたましく笑っている。
青い海藻の集団が、ひそひそとこちらを噂しながら眺めている。
保はそいつらに中指をたて、平等に親愛の情を示してから、目の前に立つ女に再び向き直った。
女は周りの様子などまったく見えていない様子で、唇を強く引き結んで、真剣な顔で弁当箱を見つめている。
まるで試験用紙を前にした子どものようだ。
「そこ座って」
低い声でそう言いながら、保の腕を取ってベンチに座らせる。
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