八章

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『残念だけど、オレは奏じゃないよ。仲間ではあるけどね……』 ぼんやりと浮かび上がる黒い物体が喋っている。紳士的な声とのギャップに私は未だ声が出せない。優しい響きのお陰で多少恐怖は薄らいだけど、警戒は解けなかった。 横たわってた体を起こして、固い床に腰を着けたままジリジリと後ろに下がる。私に近づかないでと意思表示を見せながら、相手を睨みつける。 すると黒い物体は動きもせず、静かにその気配だけを寄越してきた。 『……成る程。確かに手強いな。このお嬢さんは』 一人納得したように呟く黒い男の影を、私は言葉なくじっと凝視した。時間が経つとほんの少しずつ目が慣れてきて、さっきよりも男の輪郭がハッキリしてくる。 日本じゃない、どこか外国の血の混ざった男の容貌が闇の中でも見え始めて、つい息を呑み込んだ。……ここって天国でも地獄でもない。じゃあどこにいるの?どうして…あの時、私は死んだんじゃないの? 様々な疑問が脳内で駆け巡り、覚束ない頭をふるりと揺らした。尋ねたいけど勇気が出せない。唇の震えが止まらない。睨みつけるのが精一杯だ。でもずっとこうしてはいられない、と頑なに閉じた唇を開いた時ー………… 『ー…ひっ!?』 くぃっ、と誰かに背後から髪を引っ張られた。 大して強く引っ張られた訳じゃない。だけどそれまで全然気配を感じなかったから、心臓に酷く悪い。自分でもわかるくらいバクバク鳴ってる。怖い。怖くてそれこそ後ろを振り向けなかった。 『こら。悪戯はダメだって言ってるだろ。それともお仕置きされたいのか?』 不意に暗闇で鈍く光るモノが駆け抜けて、直ぐ様振り落とされる音がした。危ないよー、止めてってばー。幼い子供の声が真後ろで聞こえて、思わず喉がひくついた。 ……な…に。 ……だ…れ。 瞠目したまま、おっかなびっくり視線を這わすと、可愛い顔して小学生くらいの子供がナイフを持って満面の笑みを浮かべていた。
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