第1章

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 足に履くもので、胸を刺すような。  そんな気分で、常葉尚吾(ときわしょうご)は預けられた包みを抱え込んだ。地下へ通じる階段を降りる。眼前の重い防音扉を開けたとたん、腹の奥底から揺るがすような重低音のリズムが全身を包み込んだ。  乱暴なほどの人いきれに一瞬たじろいだ。中は肌と肌が触れ合いそうにごった返す女たちで溢れていた。彼女らを舐め回すように、淡い加減に調整されているミラーボールの光の粒が音楽に合わせて舞っている。  内部は見たところ、巷のクラブと変わらないように見えた。フロアの隅には小さいがバーカウンターもあり、奥には一段高くなっているステージもあった。ステージ上ではピアノ、ベース、ドラムスといったトリオ構成の生演奏が奏でられている。全身に響いてくる重低音はエレキベースの音だったのだ。尚吾はしばし、唖然と立ち尽くした。  靴屋? ここが?  しかし意を決し、すぐに店内に踏み入れた。人より頭一つは大きい、優れた体格の尚吾に自然と周囲の視線が集まる。端正なギリシャ彫刻を思わせる風貌であればなおさらだ。けれど尚吾自身はそんなことにはとんと構わず、ステージ前へと近付いた。自分を見上げる女たちの視線も無視して、四方の壁を見る。  よくよく見ると、壁には様々な形のショーケースがずらりと並べられていた。その一つ一つに女性ものの靴が収められている。なるほど。靴屋だというのは間違いなさそうだ。  幻の靴屋、【小指姫】。  開店時期、時間は不定期で、誰もが入れるが、誰もが買えるわけではない。購入できる条件はただ一つ。店主に気に入られること──  だが尚吾の目的は買い物ではない。ぐ、と彼は再び胸にある紙袋を抱え直した。  音が一際高くなった。はっと尚吾が周囲を見回すと同時に、女性客たちが揃って喚声を上げ始めた。 「ロウ樣!」 「ロウ樣ぁ」  ロウ。尚吾は緊張した。 【小指姫】の店主、琅。東京の街に不思議な靴屋を開き、訪れた客を必ず虜にするという謎の人物──  ミラーボールの灯りも消えた。闇に女性たちの嬌声と、バンドの音楽が入り混じる。全身を圧迫されそうな大音響に、思わず尚吾は耳を塞ぎたくなる。  その時だ。  ふ、と淡いスポットライトがステージ中央に落ちた。きゃあっという悲鳴がまた交錯する。  ステージ上の光の輪の中に足が現れた。尚吾は息を呑む。
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