第一話

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やはりアキは優しいと改めて思う。 出会った時からずっと、彼は俺を見捨てないでくれる。 だから不思議で堪らない。 俺と居て何がいいのか、彼は俺をどう思っているのか。 友達だと思ってくれているのか、それすらも俺は分からずに。 彼から発せられる「言葉」しか信じることは出来ず、共に過ごしてきた。 だから俺には分からなかった。 この時アキは俺を心から心配してくれている事を。 彼が呼ぶ俺の名前に込められた彼の思いに、 俺は気付くことも出来ずに、 まるで彼の心配を蔑ろにするかのように、 「大丈夫だよ」 そう言って微笑む。 アキは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、躊躇しながらもゆっくりと俺の指先を解放する。 「すぐ帰ってくるから。行ってきます」 アキが掴んでいた手で、彼に向かって軽く手を振る。 いつもなら軽く手を挙げる程度で返してくれるが、今日は返してくれない。 ただただ枯れ木のようにその場に立ちすくみ、拳をきつく握っていた。 俺は何故アキは呆然と立っているのかが分からずにまたもや考え込む。 そんな事も気にせず、生徒会長と眼鏡の彼は歩みを進めていった。 早いペースに時々よろけながらも頑張って足を動かす。 別に運動神経が悪いとかではない。 ただ彼らの歩くペースは歩くというよりも、走るに近かったからだ。 彼らに一生懸命ついて行く間に、俺は何故彼らが俺を呼び出し連れて行くのかを考えた。 編入生君が俺の事を気に入った理由同様、これについても昨日出会っただけしか思いつかなかった。 しかも編入生君よりも酷いもので、一言も言葉を交わしていない。 俺は軽く首を捻った。 もしこれが編入生君関連の用事だったとしたら、 面倒な事になるかもしれないなと、俺は静かに思った。 何もない事を願って、出来ればアキに怒られないような事は起きないように。 そう神様にでも願いながら俺は彼らの背中を眺めた。
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