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「…そういえばお前、紘夢に気に入られてるんだっけ」
そう言う一之瀬は口元は歪んでいたが、目だけ笑っていなかった。
しかしそんな違和感ある様子にも全く気付かずに、俺は一之瀬が初めて笑っている所を見て少々感激していた。
「そうらしいね」
「…何しでかしたか知らないけど、
紘夢がお前の話しかしないんだよね」
何日か前の絢也先輩と同じ事言ってるな、とぼんやり思う。
「それに東堂会長もお前に接触してから様子がおかしいし。お前何?…あぁ、そのお綺麗な顔でたぶらかした感じ?」
「たぶらかした?」
一之瀬はまた厭らしく口を歪めると、立ち上がって俺の方へとゆっくり歩いてくる。
正直俺は一之瀬が何を話しているのかよくわからなかった。
まずたぶらかすってどういう意味だったっけ、と言うところから始まり、国語辞書を探そうとする。
本棚から国語辞書を取ろうとすると、一之瀬がそれを阻止した。
国語辞書へと手を伸ばす俺の腕を、一之瀬が絡め取って壁へと押し付ける。
もう片方の手も壁へと手をついて、俺の目の前には一之瀬の人懐こそうだが今はどことなく歪んだ顔しか映らなかった。
彼の特徴的な垂れた瞳にも、間抜けな顔をした俺しか映っていなかった。
「何処行く気だよ。まだ俺と話してるだろ」
「いや、たぶらかすの意味を調べようと国語辞書を読もうとしただけだよ」
俺の言葉に瞳をパチクリさせた一之瀬だが、すぐに目を細めてニヤッと笑う。
「へぇ、不知火って純情なんだ。そうなんだ」
一之瀬は嬉しそうに目と唇を三日月ようにして笑う。
「…一之瀬?」
俺がそう呼びかけると、一之瀬はスゥと顔から表情をなくし俺を見つめる。
「…紘夢のせいで皆から嫌われてしまえばいいのに…」
一之瀬はそう静かに呟くと俺の腕からスルッと手を離し、自分の部屋へと戻ってしまった。
彼の言葉に多少の違和感を覚えるも、俺は特に気にすることなく目的であった国語辞書を手に取る。
「たぶらかす……人をあざむく?」
たぶらかすの意味を調べてさらに意味がわからなくなり、一人静かな部屋で首を傾げた。
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