◆・夏期限定・◆

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タクシーは呼び止める前にスピードを落とし始め、僕達の少し手前で止まった。 「大丈夫ですか?」 50代くらいに見える運転手さんが心配そうにドアを開き、わざわざ降りてきてくれた。 「うずくまっておられるのが見えたもので……御気分でも悪くなられましたか?少し顔色も良くないですし……」 『あ、大丈夫です』と竹田は慌てて立ち上がり、 「ただ…道がわからなくって困ってました……あははは…」 元気な姿を装いながら再び汗を拭く。 「この辺りは道を一本間違えただけでも景色がなんとなく似ていて、慣れていても迷いやすいんですよ」 頭の上に暑そうに手を翳し、あちこちを指差し教えてくれているが、僕も竹田も聞いたところでわかるはずもなく、二人で顔を見合わせる。 「あの宜しければ……もし空車なのでしたら、我々を乗せていただけないでしょうか?駅の近くでどこか食事ができるところへ行きたいのですが」 竹田は背の高い体を屈め運転手さんに訊ねた。 「え?」 運転手さんはドキリとした顔で僕達を見る。 その表情に『あれ?』と思い、僕はもう一度車を見た。 「タクシー……だよな?」 僕はそう呟いたが、車に疎い僕が見てもわかるくらい、この車は見た目は新車のように新しいが、最近の形より角張り、随分古い型に見える。 「私はかまいませんが……」 運転手さんは悩んでいるような顔で中へと視線を移した。 それにつられて中を覗くと、後部座席の真ん中に、どこか外国の原住民族の土産のような子どもの姿をした、赤ん坊くらいの大きさの人形が置いてある。 火のような髪に真っ黒な肌、不気味に無表情な目が天井をぶち破らんばかりに睨みつけ、目的のあるまじないなのか、顔には何かの模様が描かれている。 子どもの頭に似つかわしくないほど大きな半開きの口の中には、重なり合った無数のトゲのような歯が不気味に光っている。 そう、一言で表現するなら“不気味”なんだ。 「大丈夫です。あの子は今は眠っていますから、起こしたりすることのないように、気を付けてくれさえすれば……」 「眠って……起こす?人形ですよね?」 「おやおや……あの子が人形に見えるんですか?」
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