◆・夏期限定・◆

4/9
前へ
/10ページ
次へ
運転手さんの笑顔が何故か笑顔に見えず、僕は背中がゾッとして『どうする?』と竹田を見た。 自分じゃ決められないって理由もあったが、竹田に断ってもらいたかったんだ。 僕は、肝心なことを決めるのも苦手だが、“お断りする”ことはさらに苦手。 なのに、竹田は全然僕の思惑を感じてくれてるようでもなく、古い型の車に興味があるのか『すげ~…渋い』と撫で回すように周囲をぐるりとまわる。 こんなに興味を示し『乗せてもらおうぜ』って目を輝かせて言われたら、僕も嫌だとは言いたくても言えなくなった。 「さあて、今はよく眠っていますから、そうっとお入りくださいね」 助手席側の後部ドアが開かれ、僕は言われたようにそうっと人形に触れず移動し、運転席後ろに静かに座った。 竹田も興味深げに車内を見回し、確かめるように助手席後ろに深く座る。 「では、近くの駅に向かいます」 タクシーはゆっくりと動き出す。 エンジン音も今の車より賑やかだし、恐い気持ちがいっぱいの僕は、自分の声が漏れないよう口を手で押さえドアに貼り付くように座っている。 「運転手さん、どこのタクシー会社なんですか?俺、こう言うレトロな車好きなんですよ。今度またこっちに仕事があれば、是非お願いしたいなあ」 「“今度”の時期にもよりますね。私どもは夏季限定のみの営業ですので、お客様がいらっしゃる時期が夏以外ですと……」 「夏季限定タクシー!?へえ、まるで冷やし中華みたいで面白いね。みんなに教えてやりたいよ」 竹田は汗を拭き拭き『なあ、松山』と僕の方を見た。 「竹田、声が大きいよ。人形が起きるだろ?」 「ぶっ…松山おまえマジで恐がってんのかよ……」 竹田が面白がって、縮こまっている僕をつつく。 「おや、お客様達は“松山さま”と“竹田さま”と仰るのですか?これは奇遇です」 運転手さんは『クスクス…』と笑う。 「私の名前は“梅川”と申します。この車内には、松竹梅が揃ってるんですね。これはめでたい!ありそうでなかなかないんですよね」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加