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人形が僕を見て……
笑っている。
「ひぃぃぃ……嫌だ……竹田、竹田ぁっ……人形がぁ……人形がぁぁ…」
「人形?」
竹田は驚きも慌てた様子もなく、ただ『人形…』とだけ口の中で繰り返す。
「人形……」
何度目か発したあと、竹田は何を思ったのか、人形の頭を乱暴に掴んだ。
『くくく……竹田さま。優しく赤ん坊のように大切に接して下さらないと、その子が怒ってヘソを曲げてしまいますよ』
仕切り越しに運転手さんの嘲笑が聞こえた。
と、同時に人形の口が反り返るように大きく開いた。
口の中で不気味に光っていた、重なり合った無数のトゲのような歯が激しく音をたてて動く。
いや、歯だと思っていたのは……羽根…
口の中にいたのは、普通のサイズから考えると軽く10倍以上はありそうな超“巨大な蚊”だ。
並んでいたのは歯ではなく、大量の蚊の羽根だったのだ。
数えきれないほどの無数の蚊が、ゆら~りと独特の縞模様の足を揺らせ、次々と人形より浮かび出てくる。
「いひぃぃ!蚊なの?嫌ぁぁ、なんでこんな大きいんだよぉぉ!!来ないでよぉぉぉ!」
思わず、これくらい叫びそうになり、僕は恐怖に口を押さえ、声も漏らさず目を瞑った。
“ぶ~ん…”
まるで大きなハチが飛ぶような、耳障りな羽音が鳴り続ける。
僕はガタガタ震えながら、開かないドアへと体当たりし続けた。
「ぐあぁぁあっ!!」
突然、竹田の叫び声がした。
「竹…田っ!」
驚いて竹田を見ると、両手で大切に包み込むように、すっかり脱け殻だけと化している人形を持ち、今にも飛び出しそうなほど両目を見開いている。
竹田の全身には、さっきの巨大な蚊全部が突き刺さっているのだ。
腕や足はもちろん、顔も体も首も……
チラリと見えた針がまるで注射針に見えるくらい太い。
辛うじて群がる蚊の隙間から見えていた目が、突然血走り左右違う方向へとぐるんぐるんと回り始めた。
「うっ…うわぁぁ!!たっ、竹田ぁぁっ!!」
“ぶぶぶ~~ん……”
羽音がさっきより高く車内に響いた。
「竹田……竹田ぁ」
手を伸ばしたいのに、恐怖で手が伸ばせない。
「運転手さんっ!運転手さんっ!止めて……車を止めてっ!!」
僕は仕切り向かって叫び、無駄だとわかっていながら仕切りを叩いた。
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