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「北沢くんさ。何回言ったらわかってくれるのかな」  店長は、広さ二畳ほどの窮屈な事務所で俺をイスに座らせると、こみ上げる怒りを押し殺すようにゆっくりと言った。店長は私物保管用のレターケースからタバコを取り出して火を付けると、俺と向き合うようにイスに腰を下ろして、溜息と同時に煙を吐き出した。イライラをなんとか抑えようとしているのが伝わってくる。  俺からしたら、今目の前にいる人物は物凄く大人だ。このコンビニで働き始めて一年が経ったが、この人は決して感情的にアルバイトを怒鳴りつけるようなことはしない人だ。どんなときも冷静で、意見がよく整理されていて、怒るのではなく諭すように、一つ一つ理論立てて分かりやすく説明するのだ。  こんな大人の鏡のような人物から見たら、今日の俺のように、ちょっとしたことで客と口論になってしまうようなアルバイトは反抗期真っ只中の中学生みたいなもんだろう。 「まったく。子どもじゃないんだからさぁ。よくあんなちょっとしたことで、あそこまで腹立てられるね」 出た出た。店長のお決まりの台詞。やはりこの人から見たら俺なんてどうせ子どもなのだ。一応今年で二十一歳なんですけどね。 「だって、あのお客さん弁当の箸いらないって言ったんすよ。なのに後から戻ってきて、なんで箸ついてないんだって怒鳴り出して」 「わかるよ。いるよな、こっちの話し上の空で全然聞いてなくて、後から文句言ってくる人。でもさ、ケンカしても仕方ないじゃない。一言謝って箸渡せば済んだことじゃない。なんで、言い返しちゃうかな」 今思い返せば全くもって店長の言う通りなのだ。あの手の客は例えこちらが正しい反論をしても、まるで自分が正義かのように自分の意志を曲げないものなのだ。余計な一言ですぐに解決できる問題を大事にしない。お客様・イズ・ジャスティス。これが店長の方針だ。 「あの。俺、クビっすか」 店長の顔色を伺いながら恐る恐る尋ねると、店長は目を丸くして「は?」と小さく呟いた。 「だからさ。なんでそんな簡単にクビとか言うかな。失敗したから辞めますっていうのはさ、責任取るんじゃなくて、逃げるってことだろ」 どこまで大人な対応なんだ。どういう環境で生きてきたらこんな人間が出来上がるというのだろうか。 「すんませんでした」 「すんません、て何。謝るときは申し訳ございませんでしょ。何回言わせるの」
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