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時代
松川と会うのは半年ぶりだった。お互いに社会人となって半年が経ち、酒でも飲みながら近況報告をしようということで、俺たちは都内のホテルにあるバーで待ち合わせることになった。薄暗い円形の店内は、中心に木目調のバーカウンターがドーナツ状に設置され、その中央で塔のように積まれた何百という種類のアルコールの瓶の棚が、建設中のサグラダファミリアを思わせた。内側から間接照明で照らされた酒瓶たちが虹色に輝いている。
学生時代に入り浸っていた安居酒屋とは天と地の差だ。このバーに入ることができるのは大人免許を取得し、一年間大人ルール違反を犯していない者だけ。
ジャズの流れる店内の片隅でソファに体を沈ませて、俺とマツは向かい合って座っていた。俺は久しぶりの上等な酒に酔いが回っていた。
「マツさぁ、大人って疲れるよな」
俺が背もたれに寄りかかって高い天井を見上げながら言うと、松川は口元に人差し指を当てて周りを窺った。
「バカ!声デカイって!教習所で言われたろ。大人であることにネガティブな発言をしてはいけないってさ。違反切符切られっぞ」
「ああ。そうだっけ?でもさ、たまには大人だってストレス発散したいじゃん。言うだけはタダだし。ありえなくね?ネットに愚痴書き込むのもダメとか」
「ネットなんてダメに決まってんだろ。拡散したら自分一人じゃ対処しきれない。どこで誰が見てるかわかんないんだから。それに、ネットに書き込んだ愚痴に反応して盛り上がるなんて「子ども」のやることだろ」
松川は相変わらず周囲を伺いながら小声で返してくる。今日は酔いが回っている。酔いが回ると饒舌になるのが俺の悪い癖だった。
「おまえ本気で言ってる?「大人」だねぇ。今思えば「子ども」はよかったよなぁ。自由でさ」
「そんなことないだろ!大人にならなきゃ仕事ももらえない。いい大人になれば、こうして行ける場所も、できることも増えていく。この国だってどんどん良くなっていくんだ。大人こそ自由だ」
松川はそれをわざとらしく周りに聞こえるように言うとは席を立った。そそくさと荷物をまとめるとガラス張りのテーブルの上に万札をぽんと置いてその場を立ち去った。
俺が何も言わずにそれを見送ると、黒服の男がこちらに近づいてきた。俺は小さく溜息をつく。黒服の男は俺の横で腰を低くして目線を合わせると、耳元で呟いた。
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