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田中ユカリは、心配顔で佇んでいる。
ユカリは、佐古田のことがずっと気になっていた。
佐古田が育毛剤を使ってフサフサになって変わって行き、課長になる以前から、佐古田に好意を寄せていたのだ。佐古田の優しい気質が好きだった。それが、だんだんと、無感情、無表情になって、変わり行く佐古田を一番心配していたのは、ユカリだった。
もう一度、インターホンのボタンを押す。
「開いてるから。入って。」
ようやくそう返事が返ってきて、ユカリはほっとした。
「おじゃまします。」
ユカリが玄関を開けると、何故か電気が点いておらず、中が真っ暗だった。
まだ日が沈んではいない時間だったので、カーテンでも閉め切っているのだろうかと不思議に思った。
キッチンを通り、ガラス戸の引き戸の向こうで黒い何かがうごめいていた。
「佐古田・・・さん?」
恐る恐る、ユカリは引き戸を横にずらした。
そのとたん、ユカリは言葉を失った。6畳ほどのリビングいっぱいに、木の枝がはびこり、葉が生い茂っていたのだ。その中心にその人は居た。
「佐古田さん!」
「やあ、ユカリちゃん。この調子なんでね。会社には行けなくなっちゃったんだ。」
「どうして!こんなことに。」
佐古田の頭から無数の蔓が伸び、壁を伝っている。
ユカリは泣きながら、佐古田に近づいた。
目の光を失った佐古田が口を開いた。
「人間ってのはエゴイストだよね。文化や産業の発展のためには平気で自然を壊して行く。」
「な、何を・・・行ってるの?佐古田さん。」
何の脈絡も無くしゃべり始めた佐古田に問いかけた。
「私達は、太古の昔、滅びた種なんだ。私達の眠る島に、ある日、人が侵入してきた。人は私達が眠る森の奥深くをいろんな重機で掘り起こして、そしてついに、私達は目覚めたんだ。太古の眠りより、地中深くから。人という媒体を介して、私達は本土に根を下ろすことができた。」
「佐古田さん、しっかりして。今救急車を呼ぶから。」
ユカリは佐古田がなんらかの原因で、正気を失っているのだと思った。
ユカリがスマホを取り出し電話をかけようとすると、その手にいくつもの蔓が伸びてきて、ユカリの手の自由を奪った。
「キャア!」
ユカリの顔が恐怖で歪む。
「無駄だよ、ユカリちゃん。こいつはもう佐古田ではない。」
信じられない面持ちで、ユカリは佐古田を見る。
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