育毛剤

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会社へ行くと、朝から社内が騒然としていた。新人が発注ミスを起こして、会社に多大な損害を与えたというのだ。同じ部署の責任者である俺に新人が泣きながら謝ってきた。謝ったところで問題は解決しない。俺は各方面に手配し、大量発注してしまった物の処理を依頼、策を講じてなんとかその商品の消化に手を尽くし、事なきを得た。この功績をたたえられ、俺は課長へと大抜擢された。新人は、何度も何度も俺に感謝の言葉を述べたが、俺は当然のことをしたまでで、別に新人のためにしたことではない。会社という組織が円滑にまわることしか考えていない。 そんな俺の考え方が、徐々に周りの人間を俺から遠ざけて行った。 「なんか、佐古田さん、以前に比べて、冷たくなったよね?」 「うん、新人くんがミスった時だって、謝られても何も解決しないから、なんて、さっさと自分で全部解決して。会社としては、ピンチを切り抜けて大助かりだったけど。あの言い方は、ちょっとねえ。」 そんな話が漏れ聞こえてきても別に何とも思わなかった。自分を冷静に分析している自分がいた。 確かに。俺は以前に比べて、感情という物が無くなって来たような気がする。 それに、俺には、外見にも変化が現れていた。 無表情、そして、髪の毛。 相変わらず、あの育毛剤を使用している。もう十分、毛が生えているはずなのに、使用が止められない。 義務感にかられているのだ。 そして、髪の毛の分化はさらに進んでいる。髪の毛は枝のように、どんどんと先が分化してきた。 「これじゃあ、まるで。」 植物みたい。最近は、整髪剤をべったりとつけて誤魔化しているが、もうそろそろ限界だ。 そして、今日、入浴後、俺はそれを見つけてしまった。 枝分かれした髪の毛に葉が生えていた。自分が見た物が信じられなくて、俺は何度も鏡を覗いた。 間違いない、これは。 「葉っぱだ。」 「ここ1週間、佐古田課長、無断欠勤らしいよ。」 「せっかく課長にまで昇進したのに。どうしちゃったんだろうね?」 ユカリは、佐古田の部屋のドアの前に佇んでいる。 そして、インターホンのボタンを押した。返事はない。 「佐古田さん、総務の田中ユカリです。」 無反応だ。
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