ある日私は、眼を拾った。

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カッ カッ カッ カッ  闇の中、白杖がぶつかる音がリズミカルに耳に届く。  その音に紛れ、人や機械が発する雑踏の音が360度から聴こえてくる。  足音、話し声、車のエンジン音、信号機……もっと耳を澄ませば駅のアナウンスやパチンコ店から漏れる音。果てはテッシュ配りに翻弄する若者の呟き声まで聴こえてくる。  私の耳は、見えない目に代わり多くの情報を与えてくれる。  この世は音だけでできているのだと言われたらそう信じてしまいそうだ。  と、言っても私は生れつき目が見えないわけではない。20年前、車両事故を起こしそれが原因で両目とも失明した。  医者から事実を知らされた時はさすがに気が動転した。これから先の人生、ずっと闇の中にいなければならないのかと思うと正気など保っていられなかった。  それから毎日、“死”を求めた。  早くこの苦しみから逃れたい。どこへ逃げたらこの闇から解放されるのか。私は何度も闇の中、手探りで彷徨い、死に場所を探し続けたて。しかし、すぐに医者や看護師に見つかり、その度に生きることを強要された。  いざとなれば壁や床に頭を打ちつけ死ぬこともできた。しかしそれができなかったのは、妻という存在が私の壊れそうな心を繋ぎ止めてくれていたからだ。  妻はまるで私の分身のように常に私の側で献身的に支えてくれた。私はその想いに応えるべく、職場復帰を果たそうと必死に職業訓練に取り組んだ。努力の甲斐があり、今ではこうして一人で出歩けるし、普通に仕事もしている。  今の自分を不幸だとは思わない。だが自信を持って幸せだとも言えない。私は今の現状に満足などしていない。  何故なら私の人生は、これから先もまだまだ続くのだから。この先幸になるか不幸になるか。それはこの白杖が導いてくれることだろう。
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