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大慌てで窓を開け、身を乗り出して下を見た。けれど道路には何もない。人通りのない道が見えるばかりだ。
「お客さん?」
訝しむような声と共に不動産屋が寄って来る。
「どうかしたんですか?」
「いや、今、何か、黒いものが下に落ちて…」
「黒いもの? カラスか何かが飛んだんじゃないですか?」
カラス? 違う。あれはそんなじゃなかった。もっと大きかったし、そもそも飛んでいるという感じじゃなく、いきなり目の前から下に落ちたのだ。
「あの…ここ、屋上って自由に出入りできるんですか?」
「ここは屋上は立ち入り禁止ですよ。廊下と非常階段の境と、屋上に出る所に一つずつ扉があって、どっちもいつも施錠されてますから、出入りは無理です」
もしかしたら上から誰か落ちたのではないか。その最悪の図が脳裏をよぎったが、すぐ説明に却下された。というか、さっき確認したけれど下には何もなかったのだ。人はむろん、荷物の一つも落ちてなかったことはもう判っている。
不動産屋の言う通り、鳥だったのかもしれない。あるいは単なる目の錯覚ということもある。
不可解さは残るが、他に説明がつかない以上、あれは鳥か見間違いということで納得し、俺は窓に背を向けた。
…射し込む西日が壁に影を落としていた。
俺と窓枠、そして、窓の桟の上にしゃがみ込み、俺の方に顔を向けている 誰か の影を。
それを見た瞬間、俺は不動産屋を置き捨ててその部屋を飛び出していた。
後で、不動産屋がこれでもかという程謝罪しながら、あの部屋の三つ前の住人が、あの窓から飛び降り自殺したことを話してくれた。
その後、いわくをごまかす程度の格安にした部屋には、二人ばかり住人が入ったが、どちらもすぐに引っ越してしまったという。
その際に部屋での怪奇現象の話を聞いて、以来、あの窓にはカーテンをかけているのだという。
結局この後、詫び倒されてもこの不動産屋を信用できなくなり、俺は別の不動産屋経由で部屋を借りることになった。
入念に下見をし、希望条件と折り合いがついて借りることになった部屋。
間取りに家賃、立地の利便性。望むことは色々あったが、どうしても妥協ができないことが一つ。
西向きの窓がないこと。それが俺の、部屋を借りる必須条件となった。
…もう二度と、射し込む西日が部屋に落とす影を見たくはない。
西日の射す部屋…完
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