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西日の射す部屋
大学卒業を機に、実家を離れて独り暮らしをすることになった。
春からは社会人になるので、それまでに部屋を決めようと何軒か不動産屋を訪ね、お勧めの物件を何ヶ所か回った。
その一つが今通されている部屋だ。
築年数と間取りは聞いていたが、話よりも綺麗で広いというのが第一印象だった。
部屋に上がり込み、水回りやら何やらを見て回る。下見の前に入念に掃除をしたのだろうけれど、差し引いてもどこも綺麗だ。
五階建ての最上階で眺めもいい。駅が少し遠いから、若干立地的には不便かなと思ったが、その分家賃がお得な値段で、これはいい物件だと思った。
「どうですか。ここは掘り出し物ですよ」
不動産屋が強く勧めてくるまでもなく、俺の気持ちは八割契約に傾いていた。
それでも初めての独り暮らしだ。かけらの妥協もしたくなくて、通されたのとは別の部屋の方にも足を踏み入れた。
あれ、と、疑問符が脳に浮かんだ。
西向きの窓にカーテンがかけられている。この部屋は備え付けの家具とかはないタイプだから、どうしてそんな物があるのかと気になった。
「あの、このカーテンて、前の人の忘れ物か何かですか?」
訪ねると、一瞬、不動産屋は顔をひきつらせた。それをすぐに笑みで覆い尽くし、答える。
「あ、ああ~。それ、日避けですよ。ほら、こっちの部屋の窓、西向きでしょう? この時期、西日がきつくて内装が傷みやすいんで、日除けに使ってるんです」
言われてみると、確かに、カーテン越しでもまぷしい光が部屋の中に差し込んでいる。
壁紙などは、契約が決まったら新たに張り替えるけれど、空き部屋の時にも過度の日光照射を防ぐよう、常々配慮をしているらしい。
説明になる程と思った。そして、いい不動産屋に当たったとも思った。
八割程だった乗り気が九割を超える。頭の中はもう、新居となったこの部屋にどんな家具を置こうとか、そんなことでいっぱいだ。
向うの広い部屋は、キッチンとの位置的にもリビングだよな。となるとこっちは寝室か。
ベッドと家電を運び入れるとして、日が当たらない配慮をしないと。直射の強さも見ておきたいな。
そんなことを考えながらカーテンを開けた。
「?!!」
いきなり何かが目の前をよぎった。…いや、よぎったというよりは、落ちた。
黒い塊のようなものが視界の下の方へ落下していった。
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