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「読まないで、とは書いてなかったからね。はい」
「あ、どうも。というか! 屁理屈ですね!」
「これはなんだい? 秘密にするまでもなく誰にも読めないよ」
しばらく待てと言いおいてピイは濡れた身体を拭うと服を着た。ロングTシャツの襟首から真っ白な髪を引っ張り出すとドライヤーをかけはじめる。ノートに対する興味とドライヤーの騒音で、眠気はすっかりどこかに行っていた。
ドライヤーを止めたピイは私に韜晦していたことを明かす。
「それは、楽譜です。自己流の、ですけれど」
「そのほうが難しくないか……」
「その一ページには六曲が載っています。線の長さと太さと位置と間隔と角度で旋律を表しています」
「すごいなきみ!」
私の率直な賛辞にピイは照れたのか、しきりに髪に手櫛を通している。
「簡単なメロディーの繰り返しですから、そんな騒ぐほどのものではないですよ」
「いやいや、これはすごいよ」
ピイを褒めそやす一方で、わが身を顧みてしまう。
これまで、自ら創作と名のつく活動をしてこなかった私だ。ピイはいまだ短い生涯の中でこれだけのものを生み出しているのに、一方で私はこれまでの長い人生の中を無意味に流れてきたにすぎない。私にとって創作活動とは、やらされるものでしかなかった。卒業文集に載せるために書かされた作文は、ただ、耳ざわりのよい言葉を並べ立てるだけの心のこもらない空虚なものでしかなかった。
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