空を渡る点P

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 それを跨いだ。  頭の中で、号砲が鳴った。私は走る。歩道ではない、単なる斜面を駆け上がる。腕を切り足を切り、大木に抱きつくように停止しては頬を切り、またべつの方向に全力で駆ける。贅肉が無様に揺れるが人目には触れていないので気にしない。  ふだん揺れていないような上腕の贅肉もここぞとばかりに躍っていた。私は人生の終わりに贅肉の存在を強く感じていた。そのまま駆け抜ける。  当てなんかなかった。そうだ。いつもそうだった。人生に当てなんかないのだ。道標にしてきたものはすべてまやかしだ。それが正しいもののように大人たちはほざくのだ。そんな大人にならないと誓ってからどれくらいが経ったのか。自分の人生の行き着く先が見える。  ただひとつの正しい道標は、死だ。  水音が聞こえる。私は滝を眼下に望んでいた。滝壷に落ちれば助からないが溺死はいやだった。滝壷の周囲の岩場にまっさかさまなら即死だろう。途中でせり出した岩に引っかからないように距離を飛ばなきゃならなかった。日ごろの運動不足のツケだなと苦笑いとともに上がった息を整えつつ手足を解している。
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