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☆
「弓月、どこに行ってたの? もう色んな人に紹介しようと思っていたのに、居なくなってしまうんですもの」
橘社長はワイングラスを片手に、俺の腰へと手を回した。
ぴくん、と体が震える。
「……どうしたの?」
「いえ……なんでもありません」
「そう。ほら、あの方。今、一番のホープよ。××ホールディングスのCEO様」
橘会長がワイングラスを掲げた先には、瞳がいた。
「××ホールディングス……」
さすがに俺は自分の無知を恥じた。
つい先日、ニュースを賑わせた新CEOじゃないか。まだ三十代なのに大抜擢されたとかで。ニュースだけは読んだが、顔写真は見ていなかった。
「ほらほら、もう坂居CEOの回りには人が一杯いて……ちょっと通してくださる?」
すると瞳が俺と橘社長を見た。
「橘社長。相変わらず麗しい」
「坂居CEO。先日言った娘よ。弓月あきらっていうの」
「もう名刺は頂いているよ。ねぇ、弓月君」
「はい、坂居……CEO」
「まぁ! 弓月ったら意外に手が早いのね。でもそうじゃなくちゃ。うちの大切な副社長ですもの」
「有望そうですね。橘さんが羨ましい」
「ほほほ、嬉しい」
俺と瞳はすっと視線を交わした。
あの夢のような一時。彼女の細い指が俺の……。
「CEO。そろそろお時間です」
後ろからSPが声を掛けた。
「わかった」
そして瞳は俺の耳にそっと囁く。
「今晩、待ってるよ」
俺が何かを言う前に、瞳は人混みの中へと消えていってしまった。
「綺麗な方でしょ。弓月ももっと坂居CEOを見習ってお洒落なさい」
「はい、社長」
俺の恋は始まったばかりだった。
終わり
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