その3

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「来たか。辻努」  逢魔の狭間での生徒指導室に輝葉はいた。彼は相変わらず、夕暮れ空を見ては黄昏れていた。周囲の様子も変貌してた。全ての色が白を基調としたものとなり、残りの色は空の赤と輪郭と影の黒だけ、実に殺風景な様相に変わっていた。ここが、逢魔の狭間であるのだから仕方のないことなのだが。 「輝葉先生。何ですか?逢魔の狭間に俺をわざわざ、呼び出したりして。奥さんの魔化は解けたのでしょう」 「ああ、お陰様でな。そのことは、感謝している。いや、感謝してもしきれない」  辻家に伝わる魔化した者を正常な状態に戻す技術。辻利家が持ち合わせていなかった技ではあったが、努の戦いを一度、目にしたこととあり、呑み込むのは早く、指導を受けてから一時間程で使えるようになった。たった、一時間ではあるが、そのおかげで一年以上にも及ぶ魔化(逢魔になる過程)の呪縛が解かれた。 「静子は今、私の家で療養中だ」  魔化の状態から元の死者に戻ったが、長期に渡って魔化が続いていたのは災いしたらしい。解かれた際の反動が大きく、すぐには動けそうになかった。そもそも、死者なので生者とは違い、どれぐらいで身体が満足に動かせるようになるのか、それは努にも言えなかった。その内、動かせるようになるぐらいにしか言えなかった。 「今日、努を呼んだのは静子の事に対する礼だけではない」 「そうでしょう。礼を言うだけだったら、現世でもいいはずです。わざわざ、俺を逢魔の狭間に導いたからには理由があるからでしょう」  逢魔の狭間は現世とは違い、どんな会話をしても他人に聞かれる心配はない。もちろん、会話が漏れる危険性がある生徒指導室の入り口に輝葉が設けた逢魔の狭間との境界でもある切れ目はすでに塞がれた。  ここでは、生徒と教師という関係ではなく辻家と辻利家としての関係なのだ。努は輝葉に遠慮せず、生徒指導室の椅子に座った。 「確かに、そのその通りだ。礼だけなら、廊下で擦れ違った時とかで十分だ。私が努を、ここに呼んだのだ。三時限目に聞こえた汽笛について聞きたいからだ」  輝葉もあの音を聞いていた。地の底から響くような恐ろしい音を。
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