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「そんな力を持った逢魔が大昔から、夕海町に封印されているというのか」
直接、夕刻ノ魔を見たことない輝葉も話を聞いただけで、そいつがどれだけ恐ろしい逢魔であるのか嫌でも理解できた。それと、如何に自分が細辻家を侮っていたかも改めて思い知らされた。夕海町の中心街と住宅地も含んだ広範囲に渡って結界を張れる技量もそうでもあるが、その力の大半を夕刻ノ魔を封印するのに使っていたからこそ、彼らは守りや後方支援に回るしかなかった。真の実力を考慮すれば、辻家を上回るかもしれない。
「しかし、それだけ強いとなると『王魔(おうま)』の一人と考えた方がいいかもしれないな」
「逢魔の一人ですか?」
「違う。『逢魔』ではない。王の魔で『王魔』だ」
発音は逢魔と同じであるが、輝葉が口にしたのは王魔という努が聞いたことのない用語であった。
「辻利家で昔から、使われている隠語だ。単に逢魔をもじっただけだが、王魔は逢魔の中でも特に強い魔の総称だ。世界各地に、色々な王魔がいる」
「初めて聞いた。夕刻ノ魔以外にも、強い連中がいるのか」
「ああ。ただし、本当の意味で王魔と名付けられるのは、逢魔になっても自我を失わなかった者だけ」
「自我を失わなかった?」
今度は努の方が驚かされた。魔化した死者が逢魔に取り込まれる際、自我を失い獣のように本能だけで欲望を満たそうとするのが当たり前だから。そうしなければ、逢魔としての暴発的な欲望と理性が対立し廃人のようになってしまうからだ。それを、避ける為に逢魔に取り込まれる者は自我を自ら崩壊させることで、己を保とうとする矛盾した行動に出るのだ。それは、辻家にとっての常識であった。
「俺が静子を庇っていたのも、僅かであるが自我を保てる可能性にも賭けていたのもあった。自我が保てればいいと。だが、そんなのは万に一つの可能性に。最も静子は保てそうになかった」
輝葉は逢魔でも自我を保てる存在がいることを知っていたからこそ、その可能性にも賭けていた。だが、努が静子を見て魔化を解こうとしたように、彼女は王魔になれる器ではなかった。
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