その3

16/17
前へ
/141ページ
次へ
 優香は矢子から渡された小々路英鈴、彼の写真を持って喫茶店『時忘れ』に続く石畳を歩いていた。  奇妙な依頼を受けてしまったと優香は思う。人捜しならぬ、幽霊捜しなど前代未聞の依頼だ。そもそも、大夕海祭に幽霊が集まるなど初耳だったぐらい。いくら、知り合いのカメラマンから聞いた話しとはいえ、本当なのかと疑いたくなる。  それに、聞いて欲しいといわれたことも優香には意味が分からなかった。 (水紀の件以来、少しは死者の姿が見えるようになったけど・・・)  時忘れに向かう道中、優香は二、三人ほど死者の姿を見た。見たといっても、水紀のようにハッキリとした姿ではなく朧気な影のような姿でだ。逢魔が時の時間帯が一番良く見えるのだが、まだ昼間だとこのぐらいが限界なのだ。以前はあまり、意識していなかったが、こうしても見ると逢魔の狭間に留まっている死者は結構居るのだなと思う。まあ、一時間に何百人も死んでいるような時代である、留まっている死者が少しいても不思議ではなかった。  これが、明日の夜になると本当に大勢、集まるというのだろうか。優香は不思議に思う。  石畳を少し登ると、時忘れが見えてきた。店の入り口には『OPEN』のプレートが下げられている。優香が曇りガラスが填められた木製のドアを開けると、カランカランと音が鳴った。 「いらっしゃい。優香ちゃん」  店内ではマスターのカーフェがいつものようにグラスを拭きながら優香を出迎えてくれた。 「こんにちわ。カーフェさん」  優香もカーフェに挨拶をしたが、彼女はカウンター席に見馴れない客が座っているに気付いた。手前から四番目の丸椅子に教会の神父が着ている修道服の中年ぐらいの男。彼はテーブルに出されたコーヒーを一人でゆっくりと味わいながら飲んでいた。 (誰かしら?)  優香が来る時、時忘れに客がいることはほとんどない。元から客が来ないのか、それとも時間帯的にたまたま来ないだけなのか、学校に通っている優香には知りようがない。それだけに、知らない客がいるとどうしても、彼女の印象に強く残ってしまうのだ。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加