第1章

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「可愛い!」 「俺のお姫様!」 「食べちゃいたい!」 破顔一笑で、そんな事を言っては四六時中、私の全身に音を立てて唇を押し付けてきたあの男はどこへ行ってしまったのだろう。 これが巷でいうマンネリ化というやつなのか。 男は洗面所からバタバタと慌ただしくリビングに入ってくると、そのままキッチンへ向かう。 「ゴメン!腹減っただろ。」 「…飢え死にしそう。」 キスや愛撫に飢え過ぎて死んじゃうよ。 私がギロリと睨みつけながらドスの利いた声を出すと、男は眉をハノジにさせて「ゴメンって!」と言いながら私の食事を作ってくれる。 男の職業は料理人である。 この家でも食事を用意するのは男の担当。 私も二度、男の為に食事を用意した事があるのだが、思い切り顔を歪ませて苦笑いをされ、あまりのグロテスクな見た目に、口を押さえてトイレにかけこまれると自信がなくなる。 そうして 「俺の為に食事を用意してくれたんだね。優しいなマオは。でもお前はそんな事してくれなくていいんだよ。俺の側にいてくれるだけで。」 なんて言われたらもう何もする気は起きない。 確かに男の料理は美味しい。 何を食べてもハズレがない。 一緒に食事を摂り、私より早めに食べ終わった男は「今日遅くなる。昼、夜飯は用意しといたからな。」 と、一方的に言うと、食器を持って立ち上がる気配がする。 私は下を向いて男の方を見ずに黙々とごはんを食べる。 夜が遅いのなんていつもじゃん。 わざわざ今日に限ってそんな事を言ってくるって、何か疚しい事でもあるの? ただ、男は必ず私の待つこの家に帰ってきてくれる。 重要なのはそこだ。 朝食を作ってくれたのに無視をするのは大人気ない。 「分かった。」 そう一言返事をする。 思い切り不機嫌な声になる様意識して。 男が玄関で靴を履く音を聞きながらミネラルウォーターを飲む。 え、靴? 待って!スニーカーは履かないで! 玄関に向かって小走りしかけたところでドアを開けて閉める音が聞こえる。 のろのろ歩き、玄関で彼の靴をチェックする。 スニーカーが履かれずに取り残されている様を見て、安堵に胸を撫で下ろす。 「革靴で行ったんだ。」
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