大海の一滴

さち

愛情
深く愛し、いつくしむ心。「―を注ぐ」異性を恋い慕う心。「ひそかな―をいだく」
類語　　情愛、親愛、仁愛、母性愛
　だとか。
　タケヒロ君は私に言った。
「さちちゃんのことが好きなんだ」
　隣で聞いていたミカちゃんは言った。
「それって告白？　カップル成立？？」
　ミカちゃんから話を聞いたアヤネちゃんが言った。
「さちどうするの？　愛されてるんでしょ？？」
　なので私はタケヒロ君と近くにある無料の動物園に行くことにした。動物を見ると胸がきゅんとなる。それはきっと『母性愛』という奴だ。タケヒロ君は『異性を恋い慕う心』なのだから、この二つが交じり合えば『大きな愛情』が生まれるに違いない。
「はい、さちちゃん」
　青い折り畳み傘で、相合傘。
　ポツポツポツ、ザーザーザー。
　雨はどんどん激しくなるばかりだ。カンガルーもキリンも、みんな小屋の中へ避難してしまった。ふれあい広場は雨で閉鎖。
　うう寒い。
　子供用の折り畳み傘は小さすぎて、タケヒロ君も私も身動きが取れない。そのくせ二人とも身体の半分がびしょ濡れだ。この傘め、傘としての責任を果たすつもりもないらしい。とにかく、最悪だ。最悪な場所に、愛情なんかないのである。
「ハア」
　私は大きな溜息を付いた。
「さちちゃん、ごめんね。傘二つ持って来れば良かったね。また来週来よう。来週は晴れるから」
　タケヒロ君は何故かとてもオドオドして、何故か一生懸命謝る。
　私は「もういいよ。今日のことは私にも責任があるわ。先のことは分からないけれど、また機会があれば行きましょう」と言った。
　男が謝ってきた場合いい女は責め立てない。愛美ちゃんママの教えである。
　タケヒロ君は、「ありがとう。次は頑張るからね」と言って涙ぐんだ。