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実は龍一は、少し前まで
『政府の秘密工作員』
なんて嘘みたいな職業についていた。
現代日本の法律では禁止されているはずの、潜入捜査や、あまり詳しくは教えてくれないけれど、国にとっての危険人物を暗殺するスナイパーの役割まで担っていた、
――らしい。
そんな頃に美百合は龍一と知り合い、恋人として結ばれたのだが、
その後は龍一の危険な仕事の関係上、生きているのか死んでいるのかも判らない、連絡も取れない遠距離恋愛の期間が、実に4年間にも及ぶ。
その間、龍一とは電話一本メール一本できない、まさに究極の遠距離恋愛だったわけだが。
しかしようやく、手がけていた仕事にケリがついたと言って、龍一はスパイ活動を引退して、美百合の父親が経営するイチゴ農園
『美百合園』
に、身体ひとつで駆けつけてきた。
一夜にして、秘密工作員からイチゴ農園の販売促進係。
まさに神様もびっくりの転身を果たしたわけだ。
そして今は、同棲中の恋人同士として、父親公認で一緒に暮らしている。
ひとつ屋根の下で暮らし始めた龍一は、時々、美百合を激怒させるぐらいのイジワルを言うけれど、
それでも腹はたつが辛くはない。
あの会えなかった日々を思い出せば、今でも苦しくて涙が出そうになる。
だけど今はずっと一緒にいられる。
龍一は美百合の傍にいてくれる。
美百合が、
「お水飲んでくるだけよ。すぐに戻るわ」
と、夜のほんのひとときだけでも身体を離そうとすると、龍一は許さないと魅惑的な微笑みを浮かべて、その逞しい腕の中に引き戻す。
「下に行くなら服着るんだろ。じゃあ、その前にもう一戦だ」
あの離れ離れの辛い時間を償おうとするかのような濃密な日々だ。
今も美百合は、濃い夜の名残でパジャマを着ることを許してもらっていない。
いや、だから、あの……。
またですか?
「喉が渇いて死んじゃいそうなんですけど?」
美百合がそんな文句を言うと、龍一は甘いキスの蜜で、美百合の乾きを癒してくれた。
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