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浩輔は暗闇の中、這いずるようにして事務所の中に侵入していく。
戦闘は台風のような龍一を中心に、事務所を通過し、奥の狭い廊下を挟んだ和室と洋室の二間に移動したようだ。
真っ暗の中、女の裸を大写しにしたDVDの灯りを頼りに這い進むと、グニャリとした力の無い人間の身体に触れ、思わず悲鳴をあげそうになって、かろうじて両手で塞ぐ。
浩輔は、自分の気配を必死に殺しながら、入って左側にある簡易キッチンまで、ようやくたどり着いた。
流し台の下方に設えてある戸棚を開け、奥の壁に貼り付けてあった、ソレを手に取る。
何重ものガムテープをむしるように剥がして、手の中に握り込む。
その瞬間、奥の部屋に続く廊下と、それに連動して玄関側の廊下の蛍光灯の灯りがつく。
事務所の電灯は回復しないが、それまでテレビの灯火だけを頼りにしていたのに比べれば、十分な明るさに周囲は満ちる。
目をしばしばさせながら振り仰いで理由を確認すれば、
龍一が奥の部屋からひとり出てきて、事務所の壁にあった蛍光灯のスイッチを入れたところだった。
「――お前、無事だったのか?」
浩輔はいま手にしたものを、慌てて自分の背中に隠しながら言った。
無事だったのかと聞いたが、龍一は言うほど無事な様子ではない。
全身は返り血で真っ赤だし、肩の上部や足など、衣服の端々が破れて血が滲んでいる。
ただ灯りの中であからさまになった、事務所の中に累々と横たわる死体の山に比べたら、龍一の怪我など間違いなく『無事』の範疇だ。
龍一は浩輔に返事をせず、ただ両手を広げて肩をすくめて見せた。
その時、浩輔は確認した。
龍一は銃を持っていない。
事務所の蛍光灯を破壊した後、同志撃ちを恐れて銃を手放した相手に合わせたのか。
それとも発砲する際に飛び散る火花で、自分の居場所を悟られることを避けたのか。
とにかく、今の龍一の両手は空だった。
だから、
「動くんじゃねえ!」
浩輔は戸棚の中に隠してあったリボルバーの銃口を、龍一に向かって突きつける。
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