1 ベルルージュ

4/6
110人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
龍一は繊細な長い指を伸ばして、赤く色づいたイチゴを愛おしそうに摘み取り、左わきに抱えた箱に並べた。 8月は夏イチゴの収穫のピークだが、都会生まれ都会育ちの龍一の技術では、どうしても収穫量に伸び悩む。 ひとつぶひとつぶのイチゴを丁寧に扱わずにはいられない。 「……変だな」 龍一は摘み取ったイチゴを眺めながらつぶやく。 夏イチゴは主に業者へ加工用として出荷されるので、生食用のようにやわらかい果肉である必要はない。 むしろ摘まんで固いと感じるほどの果実が求められるのだが、龍一の指に伝わってくる感触はやわらかく、あまり好ましいものとは言えなかった。 「これじゃあ、卸せないかな」 龍一はため息をつく。 どこのイチゴ栽培農家も、イチゴの販売ルート先には悩んでいる。 ここ『美百合園』も、苦労して契約に漕ぎ付けた販売先をひとつ持っているのだが、イチゴを定期的に買い取ってくれる良心的な業者に、出来損ないのイチゴを出荷して信用を失うわけにはいかない。 浩輔のことは気に入らないが、先ほど美百合宛てに申し出てくれた、 『商品の質を納得済みで買い取ってくれる新しい業者』 を紹介してもらうしか手はないか、と龍一は思いを巡らせる。 安い値で買い叩かれたとしても、捨てるよりはマシだ。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!