110人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
龍一は繊細な長い指を伸ばして、赤く色づいたイチゴを愛おしそうに摘み取り、左わきに抱えた箱に並べた。
8月は夏イチゴの収穫のピークだが、都会生まれ都会育ちの龍一の技術では、どうしても収穫量に伸び悩む。
ひとつぶひとつぶのイチゴを丁寧に扱わずにはいられない。
「……変だな」
龍一は摘み取ったイチゴを眺めながらつぶやく。
夏イチゴは主に業者へ加工用として出荷されるので、生食用のようにやわらかい果肉である必要はない。
むしろ摘まんで固いと感じるほどの果実が求められるのだが、龍一の指に伝わってくる感触はやわらかく、あまり好ましいものとは言えなかった。
「これじゃあ、卸せないかな」
龍一はため息をつく。
どこのイチゴ栽培農家も、イチゴの販売ルート先には悩んでいる。
ここ『美百合園』も、苦労して契約に漕ぎ付けた販売先をひとつ持っているのだが、イチゴを定期的に買い取ってくれる良心的な業者に、出来損ないのイチゴを出荷して信用を失うわけにはいかない。
浩輔のことは気に入らないが、先ほど美百合宛てに申し出てくれた、
『商品の質を納得済みで買い取ってくれる新しい業者』
を紹介してもらうしか手はないか、と龍一は思いを巡らせる。
安い値で買い叩かれたとしても、捨てるよりはマシだ。
最初のコメントを投稿しよう!