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二人が、事務所に帰ってくると、海斗が、さっと立って、珈琲を煎れ始めた。
澱みなく、さっと動くのは、いつもやり慣れている証拠だ。
「はい、どうぞ。高見沢さんは、砂糖なしのミルク入りでしたよね。」
「良く覚えてるね、海斗は。」
「そりゃね、ここにしょっちゅう来る人達は、ちっこい頃からの顔見知りばっかりだからさ、頭の中に全員分、完璧入ってるよ。」
海斗は、ニコッと笑いながら、また元の作業に戻った。
「海斗が、大学出たら、内で働かせてくれって言い出したときには、びっくりしたけどな。バイトで、4年やってくれてた下地があるおかげで、特に教えなくても、やるべきことを、先回りしてやってくれるからな、助かっているよ。
まあ、谷口は、普通に就活すると思っていたみたいで、頭抱えてたけどな。」
「そりゃそうでしょ。夫婦揃って出版業界にいて、酸いも甘いも、身に染みついてるんですから、片隅とはいえ、息子が同じ業界に足突っ込むとなると…。」
「目線変えれば、親を尊敬してくれてるんだって、わかるのにな。谷口は、鈍感だよ。」
彰は、そう言いながら、海斗が煎れた珈琲を一口飲むと、満足げに頷いていた。
「さて、仕事の話だけどな、プロット読んでくれたか。」
「ああ、読んだ。今度の話は、ファンタジーぽいな。」
「千秋、前から、ファンタジー書いてみたいって言ってたんだよな。なら、一度やってみろよって言ったら、俄然やる気出しちまってな。」
「千秋さん、恋愛小説の女王とか言われてるけど、他のジャンルの小説も、いけてるよな。
いつだったか賞もらったエッセイも、俺は好きだよ。だからね、新しいジャンルに挑戦して、新しい小説が出来るのは、ファンとして楽しみだよ。
それが、一冊の本になるときに、本を彩る一部を俺が担えるって凄くラッキーなことだって思ってる。
今回も、俺の絵を使ってくれるんだよな。なら、依頼は、受けた。
プロット読んで、大まかなイメージは、できてるんだ、細かい指示出してくれたら、何枚か、あげてくるよ。」
「そう言ってもらえたら、助かるよ。挿し絵を頼んでる絵師が何人かいるんだが、装丁の話をすると、みんな逃げるんだよな。それで、頼めないんだ。」
「なんで?絵師としては、チャンスなのに。」
首を傾げる圭吾に、彰は、意味ありげな笑みを浮かべた。
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