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「ああ、すいません。よかったら、その鉢、どうぞ。俺は、別の花屋を探しますから。」
考え込むくらい、今、この鉢植えが、必要なのに、彼は、俺に買うことを勧めてくれた。
「あの、俺は、今、迷ってましたから、…買わないって選択肢もあった訳だし。
あなたが、どうぞ、買ってください。」
「いや、それは、悪いよ。どうみたって、俺の方が、後から手を出したわけだし。」
何度か押し問答をしていたが、埒があかない。
「じゃあ、ここで、待っていてください。」
俺は、鉢植えを手に、店に入ると代金を払って出てきた。
「はい、これ。」
鉢植えの入ったビニル袋を、差し出すと、彼は、困惑の表情を浮かべた。
「あなたは、俺に、鉢植えを譲ってくれました。代金払って買ってきましたから、これは、もう俺のものです。
だから、俺が、この鉢植えを、どうしようと、俺の勝手です。
この鉢植えは、あなたに差し上げます。必要なのでしょう、今。」
彼は、何度か、俺と鉢植えに視線を移して、それから、大きな声で笑った。
「あははは。君、面白いな。わかった、君の好意は、ありがたく受け取るよ。
なあ、この後、暇?予定ある?」
「えっ?…まあ、特には、予定ないけど。」
「なら、俺に付き合わないか?まあ、お礼と言ってはなんだけど、酒の一杯も奢るよ。」
このところ、仕事以外で誰とも関わってなかったことに、ふっと気付いた。
気付いた途端に、寂しさが、押し寄せてきた…人恋しさに、俺は、申し出を受けていた。
「じゃあ、まずは、この鉢植えが必要な御仁のところに、お届けに行きますか。悪いけど、少しだけ付き合ってね。」
俺は、頷くと、黙って彼の後ろを付いて行った。
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