圭吾と彰

15/34
前へ
/226ページ
次へ
「あのさ…世間知らないって、普通、初対面の相手に言わないよ。」 「そうだな。仕事絡みの人間には、俺も、言わないなぁ。言ったら、絶対バカにされるだろうから。」 「…速水って、変わってるね。」 「よく言われる。」 「否定しないんだ。」 「ああ、しない。俺はね、自分を否定するってことは、絶対したくないんだ。 今の俺は、ちっぽけで、力はないよ。でも、夢は失いたくない。夢のために、犠牲にしてきたものを、無駄にはしたくないからな。」 「夢…。君の夢は何なんの?それに、犠牲って…。」 「………。」 さっきと、立場が逆になった。 「ごめん。俺も、さっき君に聞かれて、自分のこと話さなかったよね。自分が話さないのに、相手には、話せなんて、ムシのいい話だよね。」 「…いや、謝らなくてもいいよ。 確かに、いきなり初めて会った相手に、自分のことを全部さらけ出すなんて、できないことさ、それは、俺も君も一緒だよ。 うん、君なら、話してもいいかもしれないな。そうしても、大丈夫だってそんな気がする。」 「そんな簡単に、信用しちゃっていいのかい?」 「俺の直感は、外れないんだ。」 そう言って、速水は、クスッと笑うなり、手元のジョッキを、クイッと空けた。 「俺ね、俗に言う跡取り息子ってやつ。と、言っても、親のを継ぐんじゃないんだ。俺の祖父さんのを継ぐんだ。 俺が5年生のときに、両親は事故でさ、あっけなく逝っちまって、一人きりになった俺は、祖父さんのところに引き取られたんだ。 この祖父さん、金も権力も持ってる人だったの。それを、将来、直系の男子に継がそうとしらた、俺しかいなかったんだよね…。 親がなくなるまで、まったく顔を見たことも、話ししたこともない人を、お前の祖父さんだ、お前は、跡継ぎだって言われてもな…。そんな簡単に、受け入れること出来ないよ、子供には。 それでも、うんと頷かなきゃ、生きていけない…。 そんなの全然、幸せじゃない。戻りたかった、貧しくたって、楽しかった我が家に…。無い物ねだりだって、子供ながらにわかっていたんだけどな…。」 ああ、彼も、家族を失ってるんだ…。 彼の中に、なんとなく感じてた自分と同じものが、それなんだと、俺は、気が付いた。
/226ページ

最初のコメントを投稿しよう!

99人が本棚に入れています
本棚に追加