圭吾と彰

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「足りなかったものは、見付けたのか?」 「ああ、見つけた。見付けられたのは、速水のおかげなんだよ。 俺のやってる工業デザイナーの仕事は、ただパッケージのデザインするだけじゃなく、売れる商品の一部にしなきゃならないわけでしょ。売る人、買う人のことを考えながら、出来上がったものが、店先に並ぶのを考えながら、デザインするんだ、難しいけど、遣り甲斐あった。 経済学で、勉強したことは、それらを考える上で、すごく役に立った。就職してからの実践は、学生時代で身に付けられなくて、欠けてた部分を、十分補ってくれた。 3年掛かって、なんとか、あの世界でやっていける目処が少し立ったなってときに、速水に出会ったんだよ。 お前と出会って、いろんな話をして、会うたびに、まるで次々に、窓を開いていくたみたい、俺の内側にあるものを、目覚めさせて、世界を広げていく。 だから、お前から、装丁の仕事やらないかって言われたときさ、ちょっと考えさせてって言ったけど、内心は、嬉しくてしかたなかった。すごく興味湧いた。心が、これでもかって言うくらい興奮してた。 あの瞬間に、手作りの本を作ってた幼いころの自分を取り戻せた。あの頃の想いを、取り戻せたって言うのかな…。 ああ、俺が、本当に目指していたものは、これだったんだ! ああ、俺に足りなかったものは、ここに、あったんだ! 足りなかったのは、こんな風に、物事に対して、自分のすべてを向けられるような、ワクワクしたり、興奮するような高揚感だったんだって。 それを、与えてくれたのは、速水だよ。速水に出会って、本当の自分を見つけた気がするんだ。」 これまでで、一番いい笑顔を、速水に出来た気がする。 「お前の役に立てたのなら、俺は、それで、いいよ…。」 そう言った速水は、なんとなく照れくさそうで、今まで見たこともない、はにかんだ笑顔を、返してくれた。
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