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委員会の用事なんて、スッカリ忘れてたけど。
でも、葉山先生には、ちゃんと伝えておかないと迷惑をかけてしまう。
渡り廊下を走って職員室のある角を曲がろうとした。
いつもなら走らないのに。
でも、もうそろそろ15分くらい経ってしまう頃。
角を曲がろうとすると、向こうから、キュルッという独特なサンダルと廊下の擦れる音がした。
慌てて足を止めると、私の上靴からも似たような音が響いた。
そっと角の向こうを覗くと、廊下の窓からグランドに向かって手を振る葉山先生が居た。
「おーい、お前らも質問あったら俺のクラスこーい。暫く居るからー。」
あー、自分で人数増やしてるよ…。
そんな20代後半のくせに30代前半に見えてしまう微妙な老け顔は、横から見るととても柔らかく優しい眼をしていた。
「先生」
恐る恐る、葉山先生に初めて声をかける。
ここにいるのを知ってたかのように、先生は直ぐに私をその視界にいれた。
「…既に補習並みに人が集まってしまっていて…。私達のせいで、多分、1時間以上はかかるかもしれません。」
強めの風が窓から吹き込む。
先生の前髪が眼に入ったのか、少し目がしかめられた。
「…それで、えっと、その、まだお仕事があるようでしたら、もう少しというか、そのお仕事が終わるまで待ってます。…先生のご都合に合わせて下さい。」
話かけながら、何を言いたいのか分からなくなってしまい、声が小さくなる。
私は、いつもこうだ。
後先考えずに走り出すくせに、緊張すると頭が回らなくなる。
「…ま、いつもの事だしな。それに、お前らの分からん事が分かるように見守るのも俺らの仕事っちゃー仕事だしなぁ~。」
先生は、ぽりぽりと頬を右手の人差し指でかきながら言う。
「気回し過ぎ。学生のうちは、俺が私がってワガママ言って勉強に励めばいいんだって。」
そう言うと先生は、歩き出した。
また、私は、余計な事をしたのかもしれない。
いつも、良かれと思って行動しても、裏目に出る。
別に感謝されたいとかじゃなくて、ただ迷惑をかけずにひっそりと生きていたい。
それだけなのにな…。
角を曲がる時、先生は角に指を掛けて、振り返った。
「そんなに走らなくて良かったのに。ありがとな。」
ボソッと零された言葉は、1人反省し始めた心を、ふわりと浮き上がらせてくれた。
これが、私と先生の初めての会話だった。
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