第1章

9/45
前へ
/45ページ
次へ
委員会の用事なんて、スッカリ忘れてたけど。 でも、葉山先生には、ちゃんと伝えておかないと迷惑をかけてしまう。 渡り廊下を走って職員室のある角を曲がろうとした。 いつもなら走らないのに。 でも、もうそろそろ15分くらい経ってしまう頃。 角を曲がろうとすると、向こうから、キュルッという独特なサンダルと廊下の擦れる音がした。 慌てて足を止めると、私の上靴からも似たような音が響いた。 そっと角の向こうを覗くと、廊下の窓からグランドに向かって手を振る葉山先生が居た。 「おーい、お前らも質問あったら俺のクラスこーい。暫く居るからー。」 あー、自分で人数増やしてるよ…。 そんな20代後半のくせに30代前半に見えてしまう微妙な老け顔は、横から見るととても柔らかく優しい眼をしていた。 「先生」 恐る恐る、葉山先生に初めて声をかける。 ここにいるのを知ってたかのように、先生は直ぐに私をその視界にいれた。 「…既に補習並みに人が集まってしまっていて…。私達のせいで、多分、1時間以上はかかるかもしれません。」 強めの風が窓から吹き込む。 先生の前髪が眼に入ったのか、少し目がしかめられた。 「…それで、えっと、その、まだお仕事があるようでしたら、もう少しというか、そのお仕事が終わるまで待ってます。…先生のご都合に合わせて下さい。」 話かけながら、何を言いたいのか分からなくなってしまい、声が小さくなる。 私は、いつもこうだ。 後先考えずに走り出すくせに、緊張すると頭が回らなくなる。 「…ま、いつもの事だしな。それに、お前らの分からん事が分かるように見守るのも俺らの仕事っちゃー仕事だしなぁ~。」 先生は、ぽりぽりと頬を右手の人差し指でかきながら言う。 「気回し過ぎ。学生のうちは、俺が私がってワガママ言って勉強に励めばいいんだって。」 そう言うと先生は、歩き出した。 また、私は、余計な事をしたのかもしれない。 いつも、良かれと思って行動しても、裏目に出る。 別に感謝されたいとかじゃなくて、ただ迷惑をかけずにひっそりと生きていたい。 それだけなのにな…。 角を曲がる時、先生は角に指を掛けて、振り返った。 「そんなに走らなくて良かったのに。ありがとな。」 ボソッと零された言葉は、1人反省し始めた心を、ふわりと浮き上がらせてくれた。 これが、私と先生の初めての会話だった。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加