列車の空席

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「あ、いえ、座ろうとか、そういうことじゃなくて、ちょっと具合が悪くてよろけちゃったんです。そうしたら、たまたま乗っかりそうになっちゃって…すみませんでした」  多勢に無勢。ここで何を言っても聞いてもらえないだろう。それを察し、俺は男と、目の前に座っているという、俺には見えないおばあさんに深く頭を下げた。  その言い訳が通じたらしく、男は『これからは気をつけなさい』ともっともらしい説教をして、ようやく俺を解放してくれた。周りも一応納得したらしく、殺伐としていた車内の空気が静まっていく。  その後、乗降客の動きに紛れて場所を移動した俺は、騒動のあった座席付近をずっと見ていたけれど、俺が利用駅で降りるまで空席は空席のままだった。 * * *  この一件の後も、俺は車両も時間帯も変えることなく同じ電車に乗っている。そのたびに、誰も座らない空席を目にしてきた。  だけどもう、俺は二度とそこに座ろうとは思わない。だってそこには、俺にはどうやっても見えないけれど、小柄なおばあさんが必ず座ってるらしいから。  …よく怪談で、人には見えないものが見えてしまったって話を聞くけれど、逆のパターンてのもあるんだな。 列車の空席…完
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