列車の空席

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列車の空席

 駆け込み電車の車両は、今日もぎっしりのすし詰め状態だった。  押しくらまんじゅうはいつものことだが、夕べ夜更かししすぎたせいで今日は頭が少しぼんやりしている。だから、できたら座らせてほしい気分だった。  今から探しても無理だけれど、次の駅に停まった時、運よく席が空かないだろうか。そう思いながら座席の方を気にしていると、 乗車客に押されて詰めた目の前に偶然空席が存在していた。  周りを窺うが誰も座ろうとしない。立っている方が好きなのか、あるいは遠慮しているのか、そこらの理由はどうでもいい。ただ、 誰もそこに座ろうとしないことだけが俺にとって重要だった。  ラッキーと心の中で叫び、俺は空席に座ろうとした。その瞬間、ふいに横から腕を掴まれ動きを止められた。 「いったい何の真似だ?!」  見知らぬ男が俺を睨みつけ、怒鳴るとまではいかないが、かなりの剣幕でそう言ってくる。だけど俺にはさっぱり理由が判らない。  この人はどうして怒っているんだろう。もしかして、この席に座ろうとしてたのか? でも、さっき窺っていた限りではそんな素振りはまったくなかった。  男が怒る理由がまるで判らず、俺は困惑顔で相手を見返した。すると、そんな俺の態度をどうとったのか、男はさらに俺を強く睨んできた。 「こんな小柄なおばあさんの上に座ろうだなんて、非常識にも程がある! 本当に、何を考えてるんだ!」  おばあさん?  言われて座席をしげしげと見つめるが、空席は空席だし、周囲にそう呼ばれるような年配の婦人もいない。  だけど男はずっと憤慨し続けているし、周りの人達も俺に非難の視線を向けている。
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