第1章

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 (天明2)年・・・・・・浅間山・・・・・・噴火。  冷害・・・・・・飢饉・・・・・・百姓一揆に、打ちこわし。  年の前に書かれたものはわからぬが、間違いなく今年の年号だ。  噴火など聞いたことがない。まだ起こらぬことならばこれから起こるのか?  数ヵ月後、書物にかかれた通り、浅間山という山が火を吹いたと風の噂に聞いた。源之助は厳重に隠した書物を取り出す。  冷や汗が滴り、手が震えるのをこらえ、懐に納めてあの神社に向かった。  そして土を掘り出し、書物を懐から出す。しかし源之助は書物を睨み付け、再び書物を懐へ納めた。 「知るのは恐ろしい。だが、知りたい」  呟いた言葉に身を縮めて辺りを見渡す。急いで穴を埋め立てる。懐をひと撫でし、体を小さく丸めて後ろも見ずに走り去っていった。  しかし、書物の内容は源之助を追いかけ、追い立て、責め立てる。  剣術修行のために江戸へ出てすぐ、若年寄の田沼山城守が佐野善左衛門に切られた。  その二年後、将軍が亡くなり、老中の田沼が罷免された。  新たな将軍が老中へ指名したのは白河の松平。  このころになると先の世のことが書かれた不可思議な書物が恐ろしくも、四六時中手放せなくなってしまった。  秘密に耐えきれず押し潰されそうになりながらも、人には告げなかった。 『世の中に蚊ほどうるさきものはなしぶんぶといふて夜もねられず』  人から狂歌を聞き伝えられたとき、源之助は急に甲高い笑いをあげて部屋から飛び出した。  右手には先の世のことが書かれた「史本日」を掴んでいた。人々は源之助を押さえようと追いかける。  足を握られたとき、右手の書物は手から滑り飛び、井戸へ吸い込まれていった。源之助は書物が失せた先を虚ろな瞳で眺めながら、幼児のようにいつまでも笑っていた。  源之助は狂人として、部屋住みという名の堅牢な一室へ閉じ込められ、一生涯を過ごした。
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